ねおでっど日記

間違いなくたぶん、個人の主観です

Batman Arkham City レビュー

はじめに

Batman Arkham CityはBatman Arkham Asylumの続編として2011年10月18日に北米で発売された(日本版は11月23日)。
デベロッパーは前作と同じRocksteady Studiosが務め、パブリッシャーはWarner Bros. Interactive Entertainmentとなる。
前作のBatman Arkham Asylumは「今までで最も高い評価を得たスーパーヒーローゲーム」としてギネスにも登録されたことは記憶に新しい。
(筆者も昨年の個人的ゲームオブザイヤーで1位に推したタイトルでもある。)

現時点(11/1)ではまだ日本版発売前となるが、一足先に北米版をプレイしてみたので簡単に感想をまとめておく。
ちなみに今回のBatman Arkham Cityは海外版でも日本語字幕が収録されていたので、プレイには全く支障がなかった。
これはオリジナル版をそのまま遊ぶことが出来るいわゆるマルチランゲージ仕様と言われるものだが、ユーザー視点から見ても恩恵を受けやすいパッケージングと言えるだろう。


高品質なレベルデザイン

レベルデザインとはマップもしくはそのエリアにおける環境設計を意味するが、本作はこの点について他の追随を許さない素晴らしい出来だ。
これは前作でもすでに実証済みとはいえ、本作はさらに大胆なカメラワークを用いてよりスタイリッシュなイメージをプレイヤーに与えていた。

例えば序盤で宿敵ジョーカーにバットマンが(正確にはキャットウーマンが)スナイパーライフルで狙撃されそうになるシーンがある。
もちろん両者に弾は当たらず、ジョーカーは不気味な笑い声とともに姿を消すのだが、ここでバットマンは行方を追うべく捜査モードへと移行する。
まずは着弾点を調べ、次に弾丸が突き破ったと思われる割れた窓の部分を調べる。
するとカメラがそのまま弾道の軌跡をなぞりはじめ、狙撃地点、つまりジョーカーのいた遥か先の場所までパンしていく。

プレイヤーはまずここで狙撃地点までの距離感を掴むことになる。そしてこの後そこに行かなければならないことを悟るのである。
そしてカメラはバットマンのいる元の位置まで戻ることになるが、この時も一瞬で戻るのではなく、きちんと道順を示しながら尚且つ途中の雑魚敵をわざとフォーカスしながら戻っていく。
つまりここで次の行き先までに待ち構える敵の存在をプレイヤーは理解することになるのだ。

こうした一連の動作、見せ方には一切の無駄がなく、次のシークエンスへと誘う甘美な「必然性」というものが存在している。
これについては後ほど詳しく解説するつもりだが、「エリア突入→敵殲滅→探索→発見→次エリアへ」という前作と同じ「必然性」を持ったレベルデザインであることは紛れもない事実だ。
加えて、Rocksteady Studiosのレベルデザイナーが特に素晴らしいと思うのは、そのエリアに最適なシークエンスを用意していることだと思う。
「やめ時が見つからない」という褒め言葉がゲームには存在するが、それは全て出来の良いシークエンスのおかげである。
この点において本作は前作同様のクオリティにあることは確かだ。まずはじめに、そこは安心してもらって構わないと思う。


熟成された格闘システム

本作のジャンルを一言で言えばアクション+アドベンチャーである。
謎解きが主であるアドベンチャー要素については後述するが、アクションの根幹を支えているのはやはりこの素晴らしい格闘システムの存在に尽きるであろう。
前作ですでに完成されていたシステムとはいえ、基本的にボタン2個のアクションで生み出されるこの軽快な戦闘プログラムは本作を語る上でも絶対に欠かせない要素だ。
システム自体に大きな変更はなかったものの、バットマンのアクションに立体的な奥行きが備わり、熟成という言葉がふさわしいシステムに化けていた。

また、出番が少ないとはいえキャットウーマンによる戦闘もバットマン慣れしているプレイヤーからすればとても新鮮で良い体験となった。
特に大人数の男の集団に立ち向かっている時のこちらのアドレナリン分泌量はご想像にお任せしたい。
(このあたりはなかなか言葉では言い尽くせないカタルシスである。)

改めて、この格闘システムが優秀であると同時に、アクションが苦手な初心者から上級者まで幅広いニーズに応える絶妙な難易度設定であるということを裏付けたと思う。
世の中の全てのアクションゲーム好きにぜひとも体験して頂きたいプログラムである。


箱庭化した世界

前作よりも全体のマップを肥大化させて箱庭作品に仕上げたのが今回のBatman Arkham Cityである。
つまり前作では刑務所内が主な舞台だったが、本作はその刑務所が存在していた街丸ごとそのまま箱庭化させた。
この試みについて私が思うに「失敗はしていないが、成功もしていない」ということ。その理由を以下に述べる。

まず箱庭化して良かったこと。
これは明らかにやり込み要素が増したことだ。
リドラーチャンレンジと呼ばれる謎解き要素が前作よりも格段に増え、その中身もかなり難易度が上がった印象を受けた。
これにより散策の楽しみが増え、ゼルダのように頭を捻らせてギミックを攻略していく楽しさが生まれている。
それから無限湧きする雑魚敵の存在も欠かせない。つまりその気になればいつでも彼らと上で述べた質の高い格闘システムを試すことが出来るのだ。
加えてメインのキャンペーンとは別にサイドクエストも用意され、バットマンの世界観を思う存分に堪能することが出来るようになった。
このように、箱庭化したことによってマップの広大化と同時にプレイヤーの遊びの範囲も大きく広がったことは紛れもない事実である。
しかし、良いことばかりとは限らないのがゲーム作りの難しさだ。

箱庭化して失ったもの。
それは本来あったゲームのテンポである。
前作では一本道のキャンペーンに沿ってエリアを移動し、必要に応じて点在するギミックを解読していった。
そこにはレベルアップやガジェットのアンロックとの親密な関係もあり、バットマンの行動の全てにおいて必然性を強く感じさせる内容だった。
しかし、本作は箱庭化したことによってその道筋が四方八方に拡散してしまい、攻略のテンポが大幅に損なわれてしまっているのだ。
各所にちりばめられたリドラーチャレンジにしても、気が遠くなるような数が用意され、しかも難易度が上がったことによって戸惑う時間も増えてしまった。
画面にはヒントなどもほとんど表示されないことから、ちょっとしたストレスになってしまったのは決して私だけではないと思う。
(似たようなチャレンジで拡張現実というものもあったが、こちらはさらに達成感を得にくい平凡なミニゲームとなってしまっていた。)

確かにこれらのチャレンジをクリアしていくことでレベルアップの恩恵を受けることになるのだが、実は今回のバットマンは続編ということもあって最初からある程度使えるガジェットも用意されており、戦闘についても先に申し上げたようにボタン2個で十分戦っていけるのである。
(それこそ終盤までレベルアップしなくても低難易度ならクリア可能だと思う。)
つまりサブクエストにあまり手を付けなくても本編をクリア出来てしまうというバランスの悪さ。
これは前作には見られなかったことである。

海外レビューを見る限り、こうした箱庭化も概ね好意的に受け入れられたように見えるが、前作を絶賛した私のような人間からすれば少々退屈な空間に見えてしまった。
キャンペーンのボリュームのなさを安易な箱庭化によって誤魔化されたような気持ちもある。
ただ、箱庭化という方向性については間違っていないと思うし、むしろリドラーやサイドクエストをもっと簡素化することによってゲームのテンポを大事にして欲しかった。
そうすれば自然に本編に寄り添った必然性を感じさせる全体像が浮かび上がったのではないかと思う。


前作と変わらないマップデザイン

残念なことにマップデザインに関しては多少の疑問符が付く内容だったと言えるだろう。
色調はモノトーンに近い地味なものがほとんどで、確かにこのおかげで世界観の美意識は保たれるものの、ゲーム性としては劣るデザインだと思う。
これは何が言いたいかというと、この色調だと敵の存在が背景に溶け込んでしまい、せっかくの美しいマップデザインを堪能出来ないのである。
背景の絵作りはGears of Warに似て個人的には好印象なのだが、常にLBボタンを使ってDetective Modeの視界を強いられたのはとても残念なことである。

また、前作を飽きるほどプレイした人間からすると、マップ構成も少しマンネリ気味に感じてしまった。
天井の高さを利用したマップが多いのはバットマン故に仕方のないことだが、色調含めてもう少し挑戦的な仕掛けがあっても良かったと思う。
名物でもあるステルスキルにしても見栄えのしないマップ構造では爽快感を得にくく、結局は敵に見つかって殴り合いの戦闘に終始してしまうことの方が多かった。
賛否あるかもしれないが、強制的にステルスキルのみしか使えないマップも用意して欲しかったと思う。
前作よりも隠れて倒すことに喜びを見出せないマップが多いことは、私のようなステルスゲーム好きにとっては残念極まりない部分だからだ。


淡白なキャンペーンと濃厚すぎる各種チャレンジ

さて、気になる本作のシナリオだが、メインのキャンペーンはとてもあっさりしたものだった。
クリアにかかった時間はおよそ10時間にも満たない、非常にコンパクトで淡白なキャンペーンである。
これは上で述べた箱庭化の話と重なる部分だが、やはり本作のベクトルはキャンペーンよりも各種チャレンジに比重を置いた作りであると言えよう。
私のようにゲーム内の出来事に対して常に「必然性」を求めてしまう癖のある者からすればこの点は非常に残念である。
前作ではそのバランスが絶妙であり、全てのギミックや戦闘に何らかの意味が存在していたはずだ。
つまり次へ進むための必然的な作業としての謎解きや戦闘。これにより一本道のシナリオにメリハリが生まれ、中毒性の高いキャンペーンになっていたと思う。

あえて言わせてもらえば、こちらはバットマンの物語を奥深く体験したいのであって、バットマンを使ったミニゲームは前作の時点ですでに満腹なのである。
箱庭化してやれることが増えたことは大歓迎だが、キャンペーンの出来を見るとミニゲームとのバランスがとても悪過ぎるし、結局本編の中身のなさを誤摩化すためのサイドクエストか、という疑念も湧いてしまう。
確かにシナリオ自体は無骨で硬派な脚本でとても心地良いものだが、もう少しボリュームと演出を頑張って欲しかったのが本音だ。
これではバットマンが救われない。


ボス戦に見るキャラゲーの限界

ご存知のようにバットマンは人を殺さないスーパーヒーローである。
基本は勧善懲悪の物語だが、悪人を死なすことなく生きているうちに改心させることが彼の全てであり、尚且つそれが使命であると解釈している。
この思想をゲームに持ってきた時、雑魚敵を蹴散らす格闘シーンならまだしも、ボス戦が貧弱なものになってしまうのはある程度仕方がないように思う。

例えば既存のアクションゲームの場合、巨大な敵と立ち向かう時などは四肢欠損させながら次第に弱らせていく手法が多いと思う。
しかしバットマンの敵は生身の人間がほとんどであり、超人的な力を持ってはいるが、決して実体のない悪魔などではない。
つまり相手を瀕死に陥らせるような致命傷、いわゆる四肢欠損描写等を表現することが出来ないのだ。
無論、これがバットマンの美学とも言えるのだが、アクションゲームという枠組みの中で考えると確かに限界がある。

デベロッパーのRocksteady Studiosも恐らくこの問題を把握しており、その証拠に本作の終盤では人間ではない敵を登場させていた。
この時バットマンはいつもの素手ではなく、何と刀を使ってその敵を斬り刻んでいくのだが、これが痛快そのものであり、裏を返せばこの体験をプレイヤーに提供したのはまずかったのかもしれない。
つまり、キャラゲーの限界がここで白日の下に晒されてしまうからである。
実際、この刀を使った戦闘は素手と比べても格段に爽快感があり、正義を背負って悪に立ち向かうヒーローを演ずるには十二分なカタルシスが存在していた。
もちろんそんなことはバットマンの美学に反するものと心の中では分かっているものの、敵を切り刻むという行為にどうしてもアクションゲーム好きの血が騒いでしまうのは仕方のないことだろう。

本作のボス戦は前作に比べても相当に地味なもので、その倒し方も含め、はっきり申し上げてアイデアが枯渇しているようにも見えた。
バットマンは制約の多いキャラクターでもあるが、もっとマップデザインを利用した倒し方があっても良いし、四肢を1ヵ所ずつ骨折させながら弱らせるパターンなど、後一歩の工夫が欲しかったと思う。
制約の中でこそ生まれる素晴らしい発想というものは必ずあるはずなので、この点は次回作に期待したいところだ。


まとめ

正直に言うと、Batman Arkham Cityは私にとって前作を超えるような傑作ではなかった。
最大の理由はやはりテンポの悪さ。これに尽きるだろう。
アクションゲームに必要なのはテンポの良いシークエンスの連鎖にある。その連鎖反応によって自然にリプレイ性が芽生えていくものだと私は思う。
箱庭化という方向性は決して間違っていないが、今回のようにアクション性を上回るほどのアドベンチャー要素が果たして本当に必要だったのかどうか、これは議論の余地があるだろう。

例えば私は立ち止まって何かを考えるよりも走りながら(あるいは歩きながら)物事を理解していくゲームの方が好みである。
その点において本作は必要以上にプレイヤーに思考を促せようとしているし、それを快感に感じる人もいればそうでない人もいるだろうという話。
例えば前作を軽く1周した程度のプレイヤーなら本作は十分楽しめるだろうし、私のように前作をやり過ぎた人間からすれば面倒なゲームになってしまったな、というのが正直な感想である。
(上手く言えないが、硬派で濃厚な物語を期待していたら延々とミニゲームをやらされていた時の気持ち、お分かり頂けるだろうか?)

Batman Arkham Cityは全体的には優れた作品ではあるものの、前作よりも粗が目立つ内容である。
昔からバットマンが好きな人なら重箱の隅をつつく気にはならないと思うが、私はあえて厳しい評価を捧げたいと思う。
それだけ期待していたタイトルだったのだ。


おわりに

さて、日本版は11月23日にも発売されるが、果たしてすぐに買うべき作品なのかと問われると答えに窮する。
バットマンが好きならコレクターエディションを予約してでも手に入れる価値があるのかもしれないが、前作を気に入っている方ほどお薦めしにくいのは確かだ。
(ちなみに私は北米版のコレクターエディションを購入。フィギュアなどの特典の充実ぶりには大変驚かされた。)

Rocksteady Studiosは余りにも多くの要素を詰め込み過ぎてしまったと思う。
つまりこれは足し算の発想で作られた作品とも言えるだろう。
確かに一見するとゴージャスで美味しく感じるものだが、これだけの食材で全体のバランスを保つのは非常に難しい。
時にはバットマンの鍛え上げられた身体のように贅肉を削ぎ落とす引き算の発想も必要だと思う。

特にアクションゲームはゲームの歴史の中でも原点的ジャンルでもあり、ユーザーの目も厳しい。
繰り返しになるが、箱庭化した世界に不満はないものの、キャンペーンのボリュームのなさには失望してしまった。
この点は前作が素晴らしかっただけにとても悔やまれる部分である。
せめてもう少しやりがいのあるものならサイドクエストとのバランスも取れたかもしれない。
そういう意味ではやはり箱庭にフォーカスし過ぎたのではないかと思う。

以前、私は前作に100点の評価を与えたが、それは今も変わらない。
歴史的に見ても駄作認定されることが世の常だった「キャラゲー」というジャンルを傑作とまで言わしめた手腕は賞賛に近いだろう。
しかし完全続編となる本作はあまりにも詰めが甘いのだ。
あらゆる食材を使った豪華な料理であるはずなのに、こちらの心に響いてこないというのはとても悲しいことである。

Rocksteady Studiosは次回作でぜひ原点回帰して欲しいと思う。つまりキャンペーンにおける必然性の復活を願いたい。
それさえしっかりと作り込まれていればこんなに膨大な量のチャレンジ要素など必要ないはずである。

さて、このような理由から今回は泣く泣く90点台を下回ってしまった。
序盤こそ物語への引き込み方は本当に上手いと感心したが、時間の経過とともにそのモチベーションも失速してしまった。
バットマンファンの方には本当に申し訳ないが、あまりにも出来が良かった前作との比較による結果だと受け止めて頂きたい。
(もちろん、キャラゲーというジャンルの中では間違いなくトップクラスの出来であることは事実である。よって、駄作では決してない。)

私としては次回作も必ず見届けるつもりだが、今回のように大きな期待は持たないようにしようと思う。
ただ、バットマンという愛すべきキャラクターだからこそ、1作目のような完成度の高さをまた見せつけて欲しいとも思う。

彼は生身の人間であり、もちろん限界もあるが、誰もが認めるスーパーヒーローに変わりはないのだから。



総合評価:85点





バットマン アーカムシティ



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