ねおでっど日記

間違いなくたぶん、個人の主観です

【DJ対談】「やってやれないことはない」DJ TORA ✕ NEODEAD

2017年6月9日、FULLMOON RAVE 2017が大盛況に終わった翌日、現在のATOM TOKYO(旧称:club atom)をプロデュースするDJ TORA氏と対談してみました。

お互いにDJ出演前の短い時間でしたが、昔話から現在の心境まで、濃いお話をたっぷりとお届けしたいと思います。

(ちなみに僕とTORAくんは同い年で、15年以上の付き合いにもなります。)

DJ TORAプロフィール

f:id:NEOspriggans:20170613203527j:plain

ーまずはFULLMOON RAVE 2017、お疲れ様でした。今回出演するに至った経緯について教えてください。

DJ TORA:昨年12月にageHaで開催されたTRANCE RAVEにはスケジュールの都合で出られなかったんです。ちょうど俺がageHaに出演する機会が多い時期ということもあって、自重したというか。でもそのTRANCE RAVEが終わった後に、KAYAくんの方から「次はもっと大きなことをやるんでよろしくです」みたいなオファーがあったんですよね。KAYAくんのやるイベントなので「もちろんOKです」みたいな雰囲気でしたよ。

ー今回のDJ Setについてはどういう意図で構成しましたか?

DJ TORA:正直、過去を振り返るだけのものにはしたくなかった。というか、自分は今も昔も変わらず現役でやっているわけで、それこそ昔を知っている人にはもちろんだけど、今の自分しか知らない人にもアピール出来るような、そういう選曲を心がけました。でも昔の自分の曲「Another Night」や「Love Sunshine」を聴き返すとあまりにも今の曲との音圧の差が酷くて、今回のために作り直したんですよ。キックやベースを中心に。少しでも良い音をフロアに提供したかったからっていうのが理由です。

ー結果、手応えはどうでした?

DJ TORA:んー、そうですね。TRANCE RAVEの流行った時期を考えると、トラパラ*1待ちのお客さんも多少いるのかなと思ったんです。でもあえてそういう曲はかけずに、縦ノリというかその、、、本来のTRANCE RAVEらしいDJ Setにすることで、僕が思い描く盛り上がり方になったとは思います。

f:id:NEOspriggans:20170613202429j:plain

ー今日は過去の話もじっくり聞いてみようと思ってますが、TORAくんがDJを始める前、それは子供時代でもいいんですが、音楽的に影響受けたものとかあれば覚えてる範囲で教えてください。

DJ TORA:小さい頃は、、、家のラジカセからいつも流れていたのはビートルズでした。母親が好きでよく聴いてましたね。邦楽はあまり流れてなかった気がする。なので小学生の頃はずっとビートルズ。初めてCDを買ったのは中学生の頃でした。邦楽のプリンセスプリンセス、いわゆるプリプリ*2です。

ーそれ前に聞いたことありますね。確かファンクラブにも入ってたとか?

DJ TORA:入ってました(笑)。そのほかにもジュンスカ聴いたり、イカ天も見たりしてて、、、当時ってバンドブームというかロック全盛期だったじゃないですか。男も女も。だから自分もよく聴いてたし、その影響もあって、Bon Joviネタの曲なんかあれば今でも好んでプレイしますよ。

ーダンスミュージックを聴くようになるのは高校生ぐらい?

DJ TORA:確か高校卒業する前後あたり。イタロハウス*3を聴くようになったんですよ。

ーイタロハウス!?そりゃまたどんなきっかけで?

DJ TORA:よく覚えてないんですけど、Bon Joviとか洋楽をチェックしてる中でU2ってバンドが良いって噂を聞いて、、、たぶん「Lemon」って曲かな?それをCD屋で試聴してみたんですけど、これが全然刺さらなくて(笑)。でも何となくエレクトロっぽいというか、こういう路線もあるんだなーっていう発見もあって。少しそっち方面探してみようかっていう中でイタロハウスと出会った感じです。後に僕がReal McCoyの「Another Night」や2 Unlimitedの「The Real Thing」のカバーをやったのもこの辺がルーツだからなんですよ。

www.youtube.com

ANOTHER NIGHT ~TOKYO RAVE 03~

ANOTHER NIGHT ~TOKYO RAVE 03~

  • DJ TORA & R-seq
  • ダンス
  • ¥150
  • provided courtesy of iTunes

ーなるほど!ちょっと謎が解けましたよ。当時、何であの曲を選んだんだろうって少し謎だったもん(笑)。そういうルーツがあったんですね。

DJ TORA:イタロハウスって、フェイクっぽいけどなぜかカッコいい、みたいな絶妙なバランス感覚があって、特に女性Vocalモノはソウルっぽいエロい歌い方をするし、そこにピアノが挟み込まれたり、何かもうエキゾチックなんですよね。あと、夜っぽいイメージ。そこはディスコというか、夜を感じさせる雰囲気がありましたね。

ー話が前後するかもだけど、10代の頃に楽器は何かやってました?

DJ TORA:中学の頃にやってましたよ、ギター。さっきのプリプリとかをコピーしたり。でもバンドを組んだりとか、そこまでの情熱はなかったですね。

ーとなると、DJのきっかけというか、、、ほら、DJってターンテーブルとか機材を買わなきゃ出来ないでしょ?例えば僕の場合、KAYAの家に遊びに行った時に、Puff DaddyとWill Smithの曲を彼がMixしてるのを見て、見よう見まねでレコードいじってたら「NeOくんも絶対DJやった方がいい」ってKAYAに強く勧められて。それで調子に乗ってしまった僕は、帰りに丸井のカードで機材一式揃えたんですよ。いや、あれは本当に悪魔の囁きだった(笑)。

www.youtube.com

DJ TORA:分かります(笑)。俺の場合は、、、高校出てからはイタロハウスからの流れでハウスミュージック全般を聴くようになってて、当時、六本木にWAVEっていうCD/レコードショップがあったんですよね。そこで輸入盤のダンスミュージックをチェックしまくってて、こういう音楽が流れるところで働けないだろうかと次第に考えるようになったんです。そう思ってた矢先に、六本木のとあるクラブが従業員を募集してて。元々夜が好きな性格だったし、好きな音楽に囲まれて働けるなら楽しいかもしれない。それで思い切って飛び込んだんですよ。

ーそれがJ TRIP BAR*4でしたっけ?

DJ TORA:そうです。そこで初めてDJのプレイを目の当たりにしたわけです。こんなにお客さんを音楽で楽しませて凄いなと。それで従業員としていろんなDJさんとも仲良くなっていくんですが、そこで出会ったうちの1人がチャーリーさん*5なんですよ。

ーマジですか。後にFarm Recordsを立ち上げた僕らの恩人ですよね。

DJ TORA:そうそう。チャーリーさんの音楽の幅は本当に広くて、かなり影響受けました。あと、宇治田みのるさん*6そういえば、みのるさんの第一印象は凄かったですよ。お店に到着したっていうので入り口まで迎えに行ったんですよ。そしたらなぜかブチキレてて、お店の前で付き人をボコボコにしてたんですよ(笑)。何があったのかもう覚えてはいないんですけど。

ーそれは凄い(笑)。でもそういう縦社会の全盛期ですしね。きっと何かあったんでしょう。

DJ TORA:この話はみのるさんも公表してるので掲載しても大丈夫かと思いますが。で、DJのきっかけの話に戻るんですけど、従業員としてお店に提案をしたんですよね。月に1度、自分たちの企画でイベントをやらせてもらえないかって。「従業員ナイト」みたいな。そこで初めてDJをやりました。日曜日だったと思います。

ーということは、初DJの舞台はクラブなんですね。

DJ TORA:当時のJ TRIP BARでは俺がバイトリーダーみたいな存在になってて、今もたまにDJやってるMSKも一緒に働いていました。その後しばらくしてお店は辞めるんですけど、その頃になってようやくターンテーブルを買いましたね。DJで何とか食べていけないだろうかと模索し始めた頃です。で、そのMSKの紹介もあって渋谷のDJ Barで毎週プレイすることになりました。そこでは、、、R&BとかHouseをプレイしてましたね。

ーそのぐらいの時期に僕と初めて出会うわけですね?

DJ TORA:友達が渋谷のFura*7でイベントやるから行ってみない?という話になって。そこでお店の人を紹介されて、DJやってるならウチでイベントやってみないかって話になって。1度だけ、日曜日のイベントをやったんですよね。その直後ぐらいですね、NeOくんとKAYAくんに会ったのは。

f:id:NEOspriggans:20170614214026j:plain

ー今も覚えてますよ。TOKYO RAVE立ち上げの時でした。一緒にやりませんかっていう協力を要請したんですよね。

DJ TORA:NeOくんとKAYAくんについては、すでにK-style*8というイベントで動員を伸ばしてて、同年代とか渋谷周辺ではもう有名人でした。なのでそういう人と一緒にやれるのは、俺にとって凄いチャンスが来たぞって嬉しさがまずあって。NeOくんの見た目が怖いっていうよりも、何で俺に話が来たんだろうって思ったぐらい(笑)。

ー思い出しますね。TORAくんは初対面なのに腰が低いし、イケメンだし(笑)。いや、この業界ってどこか不健全に見られがちじゃない?でも実際、まずは礼儀ありきだし、人に優しくないと評判悪くてどこからも呼ばれなくなるっていう。さっきのみのるさんの話じゃないけどさ、ある意味でガチの体育会系ですよ、箱の従業員だけでなくDJもね。その点、TORAくんはクラブの従業員っていう「箱」からキャリアがスタートしてるから、業界のセオリーというか、目に見えない「暗黙のルール」みたいなものを理解してて、とても話が早かったですよ。それは凄く良い印象として覚えてます。

DJ TORA:俺としてはNeOくんたちと一緒にやれることが嬉しくて、とにかく喰らいついていこうと思いました。それで渋谷Furaの毎週土曜日がTOKYO RAVEとして稼働していくわけですけど。

ーその渋谷Furaでの印象的な出来事ってありますか?

DJ TORA:そりゃNeOくんが辞めた時ですよ(笑)。2002年の4月かな、突然「TORAくん、俺、今年で辞めるから」って。えー?何でだよ?、みたいな。その発言通り、その年の11月に「TOKYO RAVE 01」っていうMIX CDを出して、全国ツアーして、大晦日のカウントダウンでラストだったんですよね。

TOKYO RAVE mix by DJ NeO

TOKYO RAVE mix by DJ NeO

  • アーティスト: オムニバス,KOTO,SPRIGGAN,DJ CHOCI&MARK SINCLAR,PEDRO DEL MAR,MGS,LIMP BIZTEK,QUARTS,GEEZER,D.A.V.E THE DRUMMER,CHOCI AND GUY
  • 出版社/メーカー: FARM RECORDS
  • 発売日: 2002/11/20
  • メディア: CD
  • 購入: 1人
  • この商品を含むブログを見る
 

ー当時、いろんな憶測を呼んだと思うんですけど、今さら隠すつもりもなくて、正直に言うと家庭の事情ってやつですね。本当は30歳まで東京で音楽活動する予定が、3年前倒しになっちゃった。だから自分としても道半ばで東京を離れるっていう悔しさがありました。それと同時に、TOKYO RAVEの後継者をTORAくんに決めてからは、相当厳しく接したと思います。

DJ TORA:ですね。ただ、後継者が何で俺なの?っていう疑問はずっとありましたよ。KAYAくんじゃないのかそこは、なんて思ったり。でもKAYAくんはその時すでにTRANCE RAVEとか多方面で圧倒的な支持を受けて全国を回ったりしてて、箱の専属っていうイメージは確かに湧かなかったかも。いやー、でもいろいろ考えましたよ当時は。葛藤しながらも、どこかで覚悟を決めてたところはありましたけどね。

ーその年末に僕が辞めて、とはいえ、渋谷Furaの営業は年始から淡々と始まるわけですけど、どの辺で吹っ切れたというか、そういう心境の転機ってありましたか?

DJ TORA:やっぱり、、、その半年後に「TOKYO RAVE 02」っていうCDを出したぐらいでしょうね。2003年の7月だったと思いますけど、それまでずっと手探りでやっていたのが、ようやく自分の思い描く形として世に出せたというか。今思えば、間違いなくあれが転機だったと思います。

TOKYO RAVE(2)

TOKYO RAVE(2)

  • アーティスト: オムニバス,ROCCO,4 CLUBBERS,INDEX,DJ V.I.R.U.S.,E-CRAIG,ORIENTAL SPACE,ARPEGGIO,DEGENERATION,DJ TORA,DJ SPUTNIK
  • 出版社/メーカー: FARM RECORDS
  • 発売日: 2003/07/18
  • メディア: CD
  • この商品を含むブログを見る
 

 ーそのCDを出した直後でしたっけ、道玄坂のclub atomに移転するのは。僕はもう完全にノータッチだったので全然分からないんですけど、移転当時、どんな苦労がありましたか?

DJ TORA:渋谷Furaでは毎週末動員が伸びてて、その勢いのままclub atomに移ったんですけど、これが本当に簡単な話じゃなかった。同じ渋谷なんですけど、住所がちょっと違うだけで、店名が違うだけで、お客さんがなかなか来てくれないんですよ。この点は僕らも舐めてたというか、道玄坂っていうクラブ激戦地に来て初めて味わった悔しさでした。例えば渋谷Furaでは毎週末800人ぐらいの動員があって、大きなイベントの時には1000人を超えてたわけです。それがatomに移ってからは300人だったりするんですよ。

ーえ?それは週末の営業で?

DJ TORA:そうです。週末でそれぐらい動員が落ち込んだんです。これには俺も相当参ったし、自分の考え方を改めるいいきっかけにもなりました。つまり、これまでやってきたことと、同じことをしてもダメなんだなと。なのでTOKYO RAVE同期のHIROMUやKAYAくんなど、それぞれが自分の持ち味を活かした組織を作っていって、、、小さいピラミッドをいくつも寄せて大きなピラミッドを作ろう、みたいな。それでも苦戦しましたよ、あの頃は。決して順風満帆じゃなかったです。

ー時期的にはTRANCE RAVEも含めて、日本のトランスシーンが全盛期を迎えてた頃でもあると思うんですが、当事者として、このシーンも終わりだなと感じた出来事ってありましたか?

DJ TORA:やっぱり、、、トラパラですね。トランスにパラパラの振り付けがついた時に、シーンの終わりを予感しました。もちろん、パラパラ自体は否定しません。けれど、一般の方もたくさん来てくれる週末営業のクラブでですよ、パラパラを踊る人とそうでない人との共存ってとても難しいと思うんですよね。パラパラ出来る人は良くても、それを出来ない人が感じる疎外感というか。

ー確かに。DJってフロアで一体感を作るのが大切な役割だったりしますもんね。

DJ TORA:そう。その一体感が作りにくくなってくると、DJ的にも箱的にも厳しいなあと。トラパラ禁止にすればそれはそれで逆に、じゃあ何でそんな曲を作ってるんだっていう、自分を否定する部分も出てくるわけで。

ー幸運にも今のEDM、いわゆるBigroom系のジャンルにはまだパラパラがついてないですけど(笑)。

DJ TORA:そうですね(笑)。で、俺はこのトラパラでトランスシーンが終わるかもしれないと思った時、どうしたかっていうと、当時若手として入ってたBABY-Tたちに頭を下げて「ヒップホップを教えてくれ」って言ったんですよ。今までハウスやトランスはやってきたけど、ヒップホップ系のような他ジャンルも真面目に取り組まなきゃこの先、生き残れないと思って。特にお店の常連さんだけじゃなく、もっともっと一般の人を取り込んでいかなきゃヤバいと思ったわけです。それで次第にトランスからALL MIXへとシフトしていったんですよ。

ーDJキャリア的には僕と逆のパターンですね。駆け出しの頃の僕とKAYAは学生パーティーのDJとして頑張ってたので、完全にALL MIXでした。R&Bからヒップホップ、ダンクラがあってハウス、そしてジュリテクやサンバデジャネイロ系、、、つまりパイロン系*9ですね(笑)。その頃は僕もNeOって名乗ってなくて、名義はDJ Shinichirowでした。あ、僕のDJ名の由来も聞いておく?

DJ TORA:そこはぜひとも(笑)。映画のさ、マトリックスのネオじゃないの?

ー違う違う(笑)。DJ Shinichirowだと外国人になかなか名前を覚えてもらえなくて。しかも発音が「シンイチロウ」じゃなくて「シニチロー」って呼ばれるんですよ。これは何とかしなきゃいけないと思って、ちょうどトランスをメインにやっていこうとしてた時期だったから、日本名っぽくない響きを探してたんです。で、僕が新しいモノ好きという性格もあって、ネオでいこうと。でもDJ NEOなんて世界各地にいますからね。なので真ん中のEを小文字にしてNeOにしたってところですよ。

DJ TORA:今はNEODEAD?

ーこれもたまに聞かれるんですけどね。ほら、渋谷Furaを辞めてずっと地方中心に音楽活動してたんですけど、2年間ぐらいかな、完全に現場でのDJ活動を自粛したんです。これは3.11以降です。何かこう、心底騒げるような気持ちになれなくて。それで2014年ぐらいから再びやる気スイッチが入った感じで。なので1度死んでゾンビのように復活したというか、そういう自虐的な意味を込めてNEODEADなんです。

DJ TORA:なるほど。俺はずっと変わってないです(笑)。

f:id:NEOspriggans:20170614214125j:plain

ーEDMっていう文化が入り込んで来て、DJのクレジットも様変わりしましたよね。Tiestoもそう。昔はDJ Tiestoだったのが今はTiesto。TORAくんは今もDJ TORAという名義を意識して使っているように見えるんだけど、その辺についてはどうですか?

DJ TORA:基本的に俺は箱専属のDJっていう気持ちがまずあって。曲をリリースする時はTORA名義で出したりもしますが、基本はDJ TORAです。ATOM TOKYO=DJ TORA、みたいな見られ方はあえて望んでるところもあって、個人的にはそれを強みに変えたいと思ってますね。ある程度自分の好きなようにATOMという箱をプロデュース出来て、それがまた自分の評価に繋がるとすれば、今やってることは決して無駄じゃないし、意味があることかなと。

ー箱DJという言葉が出たので便乗しますが、今のお客さんを見てて何か思うところはありますか?

DJ TORA:うーん、、、生意気なことを言うわけではないんだけど、もっと遊び方を事前に勉強してきて欲しいというか。勉強というとちょっと違うかな。例えば映画を観に行く時ってまず予告編を見ませんか?例えば好きなアーティストのライブに行く時はその曲をチェックしたりとか。エンタメって事前にそういうことをチェックするのが良いと思うんです。今はYoutubeだったりSpotifyだったりAWAだったり、昔よりずっと身近に音楽があるじゃないですか。出来れば事前にClub Music系もチェックしてもらって、そして実際にATOMに来て、DJがどういうタイミングであの曲をかけてるのか、そういうところに興味を持ってもらえたら、もっとクラブを楽しめると思います。だって昔なんてCD/レコードショップに直接足を運ぶか、家で深夜にBEAT UK*10を見るかどっちかだったでしょ?それを考えると今は恵まれてるし、活用しない手はないですよ。あと、予告編という意味でATOM TOKYOのHPでは動画をいくつか公開してます。特に初めて遊びに来る方は、1度はチェックしてみて欲しいなって思います。

ATOM TOKYO - 東京・渋谷のクラブ

www.youtube.com

ー最後に、TORAくんがATOM TOKYOという箱専属のDJとして活動している中で、若手のDJを育成していくという役割もあると思います。今の若手に対して、何かメッセージがあればお願いします。

DJ TORA:うーん、なんですかね。難しいけど、、、例えば、、、10分間ステージに立つ人はその10倍の時間を努力していると思います。一見華やかな現場に見えますけど、裏では相当な努力があって。だからルックスがいいから簡単に売れる、って世界でもないです。ただ、「俺は絶対に売れる」っていう強い気持ちさえあれば、苦しいことや辛いことも乗り越えられるっていうか。これは以前に自分のブログでも書いたことなんですけど、俺は音楽家としてキャリアをスタートさせてるわけでもなくて、クラブのイチ従業員からのスタートなんですよ。それこそ雑草のように、DJとして売れたいとか、もっと稼ぎたいとか、必死に喰らいついてきて今があるわけです。

ーたたき上げ、みたいなね。

DJ TORA:そう。やってやれないことはないんですよ。今の若手を見てるとその辺の情熱が少し足りないかなあ、、、もっとぶつかってきて欲しいっていうのはありますね。例えば俺に「全て教えて下さい!」っていう子がいれば、こちらも全力でそれに応えるんですけど、いないんですよそういう子は。逆に聞かれてもいないのにこっちから教えるのも何か違うと思うし。でも、たまにUSBとか持ってくる子はいますよ。曲とかMixを聞いてくださいって。俺、そういうのは全部ちゃんと聴いてます。

ーじゃあ弟子は常に募集中?

DJ TORA:それはもう、いつでも募集してますよ(笑)。あと、ショービジネスの世界ってやっぱり厳しいですよ。それだけは覚悟して欲しいです。例えばチャンスを与えて、良い時間帯をプレイしてもらった時に、そこでちゃんと結果が出せなかったら次はないぐらいのね。だからこそ必死に練習して努力して欲しいっていうか。何度も言いますけど、やってやれないことはないので。

ーそういう前向きな気持ちが大事ですよね。今日は出番前の忙しい時にありがとうございました。僕もこの後ここでDJプレイなので結果出せるように頑張ります(笑)。

DJ TORA:あ、NeOくんの時間、ちょうど俺も別フロアでDJなんでプレイ見れないです(笑)。

ーなにそれ(笑)。まあいいです、終わったら乾杯しましょう!(了)

www.youtube.com

ということで、渋谷ATOM TOKYOのDJ/プロデューサー、DJ TORA氏との対談でした。

日本のクラブの最前線に立っているDJの生の声として、若手にとっては参考になる部分もあったかと思います。

評判が良ければこの対談企画、第2弾、第3弾も考えていこうと思ってます。

(ICレコーダーも新調しましたし。)

DJに限らず、異業種の方との対談も考えていますので今後にご期待ください。

ひとまず、現場からは以上です。

photo by fukawadaichi

www.instagram.com

ちなみに、その日のATOM TOKYOの様子はこちら。

www.neodead.com

前日のFULLMOON RAVE 2017についてはこちらにまとめております。

www.neodead.com

 DJ TORA氏の最新Mixはこちらからどうぞ。

www.mixcloud.com

iflyer.tv

OLYMPUS ICレコーダー VoiceTrek VP-15 ブラック VP-15 BLK

OLYMPUS ICレコーダー VoiceTrek VP-15 ブラック VP-15 BLK

 

*1:パラパラはユーロビートを基礎にしているが、2003年あたりからトランスでパラパラというのが流行した。

*2:バンドブームを牽引したガールズロックグループ。代表曲は「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」。

*3:80年代以降のイタリアで流行っていたディスコミュージックにハウスが融合したもの。

*4:日本のクラブシーンにおいてターニングポイントとなったお店。クラブスタイルの発祥地とも。

*5:本名:重岡敏幸氏。日本のClub/DJ業界の大ベテラン。現在も一般社団法人「日本DJ協会」に名を連ねる面倒見の良いお方。

*6:日本のClub/DJ業界を代表するDJ。ラジオやテレビなどはもちろん、映画やドラマにもたびたび出演するなど、抜群の知名度を誇る重鎮。

*7:90年代~00年代において渋谷を代表するクラブ。当初はALL MIX箱として人気を集め、その後経営陣の刷新によりトランス色を強める。諸般の事情により、2003年の夏に閉店。

*8:毎月最終日曜日に渋谷Furaで開催していたクラブイベント。毎回1500人前後の動員を記録し、最後の開催時には警察、救急車、そしてなぜか消防車まで集結するという伝説を残した。

*9:かつて一世を風靡したハンズアップ系クラブの代名詞的存在。一時期、KAYAやHIROMUも所属。

*10:完全洋楽志向の深夜音楽番組。1990年から2003年まで地上波で放映された。