「Sing Street :Original Soundtrack」★★★★★
映画「シング・ストリート」のサウンドトラックを紹介するついでに、あまりにも素晴らしかった映画本編の感想を残しておきたい。(ネタバレ気味なので未見の方はご注意を。)
(あらすじ)大不況にあえぐ85年のアイルランド、ダブリン。14歳の少年コナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は、父親が失業したために荒れた公立校に転校させられてしまう。さらに家では両親のケンカが絶えず、家庭は崩壊の危機に陥っていた。最悪な日々を送るコナーにとって唯一の楽しみは、音楽マニアの兄と一緒に隣国ロンドンのミュージックビデオをテレビで見ること。そんなある日、街で見かけた少女ラフィナ(ルーシー・ボーイントン)の大人びた魅力に心を奪われたコナーは、自分のバンドのPVに出演しないかとラフィナを誘ってしまう。慌ててバンドを結成したコナーは、ロンドンの音楽シーンを驚かせるPVを作るべく猛特訓を開始するが……。(映画.comより抜粋)
バンド経験者にとって、これでもかっていうぐらいの小ネタがちりばめられた本作、しかも舞台が80年代ということもあって、当時のポップカルチャーの洗礼を受けた人には尚更印象に残った映画になったのではないかと思う。
自らが公言しているように、これはバンド出身であるジョン・カーニー監督の自伝的作品でもある。だからこそリアリティがあるし、ご都合主義なエンタメ作品とは一線を画すものだ。
特に印象的なのは、やはり音楽という目に見えない力が映像を通してこちらにダイレクトに伝わってくる演出。これは映画「セッション」でも目の当たりにしたことが記憶に新しいが、「シング・ストリート」については格別のものがある。
例えば前半の「Up」という曲が流れるシーンにおいて、最初は主人公と相棒の2人で作曲していたのが、キーボードが入り、ベースが入り、そしてドラムが入っていく、、、この一連の流れをワンカットで見せていく演出は、非常に心打たれるものがあった。
曲が生まれる瞬間の目に見えないファンタッジックなパワーを、果たして映像と音楽によって感覚的に観客を納得させていくシーンである。ジョンカーニー監督もこのシーンについては以下のように語っている。
「確かに僕は創造のプロセスにすごく興味があって、そのプロセスを描くストーリーが好きなんだ。その瞬間、マジカルなものが生まれるだろう? 人間の中にあるクリエイティビティーが世に生み落とされる瞬間を、これからも撮っていきたいと思っているんだ」(Think Peaceより抜粋)
「Up」の曲調自体は今で喩えるならUK RockのKeane的な努めて明るい雰囲気だが、画面から伝わってくるものはそれだけではない。あらすじにもあったように、主人公を取り巻く環境は厳しく、不況下におけるダブリンの陰湿な世相が背景にある。だからこそ、音楽が持つ刹那的で根源的なパワーが自然と伝わり、そこに複雑な恋愛模様も重なりつつ、なぜだかこちらも切なくなって思わずポロっと泣けてくるのだ。(特にその相棒エイモンの母親が差し入れを持ってきて踊る場面、このさりげない演出は最高に素晴らしい!)
この涙の正体は「ハッピー・サッド」である。悲しみの中にも喜びはあり、その逆もまた然り、という人生山あり谷ありの哲学が最後まで貫かれているのが本作の醍醐味である。
恐らく、サントラにおいても1番の人気曲「Drive It Like You Stole It」が流れるシーンは最大の見せ場とも言えるだろう。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をオマージュしたその多幸感あふれるMV的な演出は、同時に主人公の思い描く願望さえも浮き彫りにし、前述した「ハッピー・サッド」な切なさもここで絶頂を極めることになる。
この監督、終始ドキュメンタリータッチなカメラワークや演出が目立つが、要所要所で現実から乖離したファンタジー世界へと観客を誘う仕掛けが巧妙且つ自然であり、それによって劇伴の良さが引き立つという、映像と音楽が常にWin-Winの関係にあることが本作の評価を高めている一因だろうと思う。
先ほどの「Up」にしても、この「Drive It Like You Stole It」にしても、兎に角、映画オリジナルの楽曲が端的に言って素晴らし過ぎるのだ。どちらも80年代「風」に作られた楽曲だが、劇伴に使用された過去の楽曲(デュラン・デュランやザ・キュアーなど)と比較してもまるで遜色はないし、物語と違和感なく同居していることは、このサントラを通して聴けば一目瞭然だろう。
そしてもう1つ、この映画は重要なテーマを内包しているのだが、それは兄弟愛である。
監督自身、プライベートにおいては長兄の存在が大きく、まさに本作ではそれが半自伝的に描かれているわけだが、実際の長兄ジムはすでに他界し、この世にはいない。しかし監督は「(僕の)映画の中でジムは生きているんだ。」と断言する。そして右腕には長兄の名をタトゥーとして彫っているらしい。(このエピソードはパンフレットから得た。ちなみにパンフレットはLPサイズで読み応えも十分。もちろん買うべし。)
保守的な田舎町に長兄(長男)として生まれ、親の期待を一身に背負い、弟や妹たちの面倒をみて、そして誰よりも両親の仲違いを気に病み、果たせなかった自分の夢を弟に託す、、、本作の助演男優賞は兄役のジャック・レイナーで文句なしだと思う。
コピーバンドとして初めて演奏した主人公のデモテープを「悪臭がする」と言って叩き割り、ジェネシスのフィルコリンズを激しくディスったり(監督自身もフィルコリンズは好きではないと発言している)、そこにバイオレンスな兄弟喧嘩こそないものの、それでも頼りがいのある優しき長兄を見事に演じたジャック・レイナーの姿は、当然の如く記憶に残しておきたい。(長兄としてのカタルシスが爆発する終盤の演技も素晴らしかった!)
このように本作は、単純な「音楽青春映画」で終わっておらず、観る前と観た後では確実に外の景色が違って見えるような、一貫してポジティブなヴァイヴスあふれる作品に仕上がっている。主人公の恋愛話と兄弟愛にフォーカスするあまり、他の登場人物の影が薄くなってしまっていることに違和感を覚える方もいらっしゃるかと思うが、それでもまた「彼ら」に会いたくなってしまうのは、やはり監督の人物像の描き方がある程度成功しているからだと思う。
(言いそびれてしまったが、スクールカースト的な側面を持つ作品でもあり、「桐島、部活やめるってよ」に共感を覚えた方ならニヤリとしてしまうシーンが多々あり。)
今夏は「シン・ゴジラ」の完成度の高さにも圧倒されたが、この「シング・ストリート」の凄さも是非多くの方に知って頂きたいと思う。
人生は「ハッピー・サッド」、そして音楽は何よりも素晴らしい。
最後に、いい機会なので、オアシスのノエル・ギャラガーが過去に発言した言葉を引用したい。
「今の若者達は言いたいことなんか何もないもんな。 『自分の意見を言うために曲を書けだって?ノー・サンキュー。 言いたいことがあるならTwitterで書くからそんな面倒くさいことなんかしたくねーよ』って感じだろ? レコードを買うよりリツイートすることのほうが大事な今の社会って、ほんと悲しいよな。」
この映画を観た後なら、ノエルの言葉は我々の胸に突き刺さるものがある。
Sing Street - Drive It Like You Stole It (Official Video)
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