界隈では「ダンケルク」が話題ですが、まずはこちらの韓国映画を観てきました。
タイトルが「新感染」というB級ホラー映画にありがちなダジャレ系ですが、原題は「부산행」(釜山行き)という意味です。
果たして、映画本編を鑑賞後、この邦題でOKだったのか、それともNGなのか。
はっきり言って、NGでしょう。
この邦題だとプロモーションするターゲットを間違えてます。
今の時期だと「君の脾臓を食べたい」という邦画なんかと競わせるべき映画です。
(いや、脾臓の方は僕もまだ観てないけど、たぶんそんな感じ。)
これが「道化死てるぜ!」みたいなB級ホラー映画ファン向けならOKでした。
ただ、配給会社が批判も覚悟で打ち出したタイトルであることは伝わります。
観賞後、確かに「新」機軸であったことは否めませんから。
けれども、宣伝効果としては果たしてこれが正解だったんだろうか、という疑問は拭えません。
いきなり邦題をdisったところで、それでは本編の感想といきたいところですが、ある程度、予告編程度には内容に言及します。
ネタバレはなるべく避けるようにしておりますが、念のため、ここからはネタバレ注意ということでご覧ください。
まず原題通り、釜山行きの高速鉄道が舞台となっている本作。
そこに感染者(ゾンビ)が紛れ込み、当然ながら、車内がパニックとなります。
こうした日常から非日常へと、一気にダイブしていくスピード感はお見事。
ホラー映画の常道でもありますが、まずはこうした密室空間を作ることが恐怖の前提となるかと思います。
僕はホラー映画を観る際、3つのポイントを意識しています。
1.密室のような閉鎖的な空間(箱庭)であるかどうか
2.暗闇が恐怖の伏線として描かれているかどうか
3.緊張と緩和のバランスが保たれているかどうか
さらにゾンビ映画の場合はこれに2つのポイントが追加されます。
4.テーマが社会風刺となっているかどうか
5.本当に怖いのは人間である、という伝統が守られているかどうか
果たして本作はどうだったかと言いますと、全てのポイントを満たしておりました。
ゾンビ映画としても、パンデミック系パニックアクション映画としても、傑作の部類です。
以下、ポイントに沿って簡単に説明します。
1.密室のような閉鎖的な空間(箱庭)であるかどうか
すでに冒頭で述べた通り、舞台は列車内という密室空間です。
日本の新幹線のように高速で走行している以上、当然ながら逃げ場はありません。
このように登場人物を常に背水の陣にしておくことは、絶望をテーマとするホラー映画では必要不可欠な設定です。
こうした箱庭的世界が広くなればなるほど、観客の想像力は増し、恐怖感は薄れます。
皆さんは「28日後...」を覚えていますか?
あの映画はホラーとしては非常に物足りない作品でした。
その遠因として狭い密室空間を作らなかったことにあると思います。
次のポイントです。
2.暗闇が恐怖の伏線として描かれているかどうか
さて、暗闇は人間にとって絶対的な恐怖の対象でもあります。
一昔前、Jホラーというジャンルが人気を博しましたが、その中でも傑作と言える作品は全て、暗闇の描写が非常に上手かった。
特に「呪怨」の1作目は良かったですね。
おかげでさまで実家の2階の押し入れには、今でもなるべく近寄らないようにしています。
本作ではそれがトンネルとして描かれています。
詳しくはネタバレになるので避けますが、恐怖の伏線という形で描かれています。
次のポイント。
3.緊張と緩和のバランスが保たれているかどうか
映画は約2時間のエンターテインメントですが、その時間全てに緊張を強いられるのは拷問になってしまいます。
もちろん、ホラー映画の場合は観客を怖がらせてナンボですが、緩和させる場面があるからこそ恐怖が加速すると思います。
例えば、、、スイカに塩をかけて食べるような感じ?
いや、甘いおしるこにしょっぱいお漬物が付いてくるようなものでしょうか。
とにかく、緊張と緩和のバランスはとても大切です。
少しSF寄りになってしまいますが、名作「遊星からの物体X」がなぜ名作と呼ばれているのか。
そこには緊張と緩和のバランスが上手く作用している事実があるからなのです。
本作は韓国映画らしく、家族愛が根底にありますから、随所で緩和させつつ、尚且つ緊張の糸を切らさないというバランスの良さが終盤まで保たれていました。
と、ここまでがホラー映画を観る際のポイントでした。
残りの2つのポイントはゾンビ映画に欠かせないものです。
4.テーマが社会風刺となっているかどうか
言うまでもなく、ゾンビの生みの親である、ジョージ・A・ロメロ監督は社会風刺を取り入れることによって大成した巨匠です。
ゾンビ映画というのは一見するとバイオレンスでゴアな描写に圧倒されますが、実は社会風刺として機能している部分が多々あるんですよね。
巨匠による初期作品はもちろんですが、そこに影響を受けた作品で評価されているのは「ショーン・オブ・ザ・デッド」など、社会風刺が痛烈に効いているものばかりです。
その点からすると、本作「新感染」は社会風刺の塊のような作品と言えます。
『新感染ファイナル・エキスプレス』はソウルを一夜にして制圧したゾンビ軍が一気に釜山あたりまで押し寄せるという、明らかに朝鮮戦争勃発時の北朝鮮軍の侵略の悪夢をベースにしています。
— 町山智浩 (@TomoMachi) 2017年7月18日
これについては町山さんも言及していますが、この映画は制作当時(2015年~2016年頃)の韓国国内の事情を色濃く反映しています。
特に、2014年のセウォル号沈没事故の後に作られたという事実は、この映画の本質を理解する上でとても重要な部分。
詳しい内容を知りたい方は以下の秀逸なネタバレ記事を参照して頂きたいのですが、こうした社会風刺のキレの良さが光っている作品だからこそ、巷のゾンビ映画ファンにも評価が高いのだろうと思います。
それでは最後のポイントです。
5.本当に怖いのは人間である、という伝統が守られているかどうか
この点については社会風刺とセットで捉える部分でもありますね。
本作でも中盤以降、生存者同士の醜い争いが勃発します。
利己的な人間は徹底的に利己的に描かれますし、老若男女、それぞれの思惑が交錯するところなどは大変興味深く、ドラマとして非常に面白い部分です。
壮絶なラストで有名な「ミスト」もそうですが、あの映画が最も面白いのは中盤での住民分断にありますよね。
特に本作では利己的な人間への皮肉が突出しているようにも感じましたが、これもやはりセウォル号の事件がかなり尾を引いているんだと思います。
また、ラストについては言及を避けますが、果たしてこの「人間が最も怖い存在である」という伝統が守られているかどうか、実際にその目で各自確認して頂ければと思います。
さて、長くなりましたのでまとめます。
本作はダジャレな邦題のおかげでB級ホラー映画のようにも見えますが、実は家族愛を描いたパンデミック系パニックアクション映画と言えます。
最近のパニック映画だと「ワールド・ウォーZ」や「カリフォルニア・ダウン」などがありますが、基本的なベクトルは一緒です。
そこに朝鮮半島ならではの風刺や皮肉をちりばめ、尚且つ娯楽としてのエンターテインメントを目指した真面目な作品。
加えて「最後に頼るべきは筋肉である」という往年のハリウッド映画にありがちなエンタメ要素が加味されていたのも素晴らしかったです。
反対に、家族愛が描かれる場面は過剰演出のような印象もあり、人によっては味の濃すぎる韓流ドラマという側面も。
また、ゾンビが出るといってもゴア描写はかなり控えめで、ホラー映画特有の嫌悪感は希薄でした。
この辺で物足りなさを感じる方も無きにしも非ずかと思われます。
どちらにしても、ゾンビを題材とした映画としてはクオリティの高い作品であることに異論はなく、僕も映画館で鑑賞することが出来て幸運でした。
迷っている方はぜひ劇場まで足を運んでみてください。
ゾンビが苦手でも、きっと楽しめると思いますよ。
トピック「新感染」について